
こんにちは、「あひるのお」です。 先日の障害者施設での夜勤の際に感動的なことがありました。重度知的障害のお姉さんと弟さんのきょうだいのお話です。将来、親亡き後を考えた時には、きょうだいが仲良く過ごしてほしいですよね。そんなエピソードです。
この記事はstandfmで配信したものを整理して、テキスト化しているものになります。一緒に配信を聞きながらだと話のイメージがつきやすいかもしれません。以下のリンクを押すと音声配信を聞くことが出来ます。
音声配信はこちら
「泥だらけの奮闘と、心に灯った優しい光」

みなさん、こんにちは。あひるのでございます。
昨日は、本当にいろいろなことが重なった、忘れられない一日になりました。
いま、わが家ではネギの収穫が真っ盛りなのですが、一緒に作業をしている父がぎっくり腰になってしまい、昨日は私一人で収穫を頑張っていました。ところが、疲れがピークに達した頃にトラブルが起きてしまったのです。
娘のお迎えに行こうとした矢先、軽トラがぬかるみにはまって動けなくなってしまいました。トラクターで引っ張ってみたものの、連結部分が曲がってしまい……。娘のお迎えの時間は迫るし、体はクタクタだしで、本当にパニックになりそうでした。
結局、通院中の父に無理を言って助けてもらったのですが、あの時の焦燥感といったらありません。今朝もその続きの作業を終え、今は新しくお受けしているケアマネ業務の引き継ぎ。さらに夜勤も重なり、「もう体が助けてー!と叫んでいます」と言いたくなるほど、ヘロヘロな毎日です。
「きょうだい児」のお姉さんが見せた、優しい眼差し

そんな慌ただしい日々の中で、ふと心が温かくなった出来事がありました。
先日、SNSでも反響をいただいた、
ある「きょうだい児」の方のお話です。
夜勤中、40代の知的障害と自閉症をお持ちの男性を、お姉さんが施設まで送ってこられました。
ご両親はすでに他界されており、お姉さんがお宅で大切にお世話をされています。
車から降りる弟さんを誘導する時、お姉さんが一瞬見せた「優しい眼差し」。
それは本当に温かくて、見ているこちらまで幸せな気持ちになるような、美しい視線でした。
お姉さんはとても控えめな方で、「家ではストローがあればこぼさず飲めたので、もしよろしければ……」と、申し訳なさそうに道具を預けていかれました。それを見た他のスタッフが「過保護じゃないかな」とこぼす場面もありましたが、私はそうは思いません。
あの細やかな気遣いは、単なる甘やかしではなく、長年お二人で歩んできたからこそ育まれた「愛情の形」なのだと感じるのです。
与えているようで、もらっているもの

きょうだい児として育つ中には、言葉にできない葛藤もたくさんあったはずです。
「私が見守らなきゃ」という使命感が重荷になった夜も、きっとあったことでしょう。
でも、障害のある家族を支えることは、決して一方通行ではないと思うのです。
私自身も、息子や娘を支えているようでいて、実は彼らから「生きる目的」や「心の幸福感」をたくさんもらっています。
お姉さんのあの優しい視線も、
きっと弟さんと共に過ごす中で育まれてきた宝物なのでしょう。
そんなご家族が少しでも安心して休めるよう、
私はその男性の背中を「大丈夫ですよ」と心を込めてさすり続けました。
介護の仕事は大変なことも多いですが、こうした「言葉にならない家族の絆」に触れられる瞬間、この仕事をしていて良かったなと心から思います。
こうした温かな出会いや、
お子さんのおかげで感じられる「心の深み」を大切にしていきたいですね。
さあ、明日はみなさんとお子さんにとって、
とってもとってもハッピーな一日になりますように。心からお祈りしています。
今日はしっかり休んで、また明日から頑張ります。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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