(軽度)発達障害児や不登校児の学習について

初心者的発達障害 学習帳

発達障害児の学習について

放課後等デイ職員をしていても、「発達障害児の学習」については、『どう考えるべきか』は難しく感じます。でも、あくまでも僕の個人的な考えとして、結論から言えば、知的障害を伴わない自閉症・注意欠陥多動性障害・不登校ならば、できれば小学校までの学習については『基本だけは出来るようにすべき』というのが僕の考えです。LD(学習障害)があり、苦手科目がある場合は、その他の科目で基本習得をしておきたいと思ってしまいます。

放デイに宿題を任せること

ただし、それを放デイに任せるというのは、ちょっと違う気もします。放デイの役割は、『療育』であります。よく宿題をお願いする保護者様がいらっしゃいます。それは仕方のないことです。放デイに行き、子供が帰ってくるのが、18時前後と考えれば、そのあとに「夕食」「入浴」「自由時間(遊び)」「就寝」と続くので、放デイで宿題をお願いしたいのも理解できます。また、自分の子供(知的障害はありますが)だって、そうしてきた経緯もあるので、「否定」はしないのです。

でも、考えて貰いたいのです。自分が受験勉強をする時には、『どこでしたか』を。

自分の家で、机で勉強する習慣が身につかなければ、学力向上は図れないのではないか?と思うのです。

放デイは、『療育』ですので、『お勉強を教える場所』ではなく、「宿題をする習慣を身に着ける」という療育をする所というのが正しいのです。ですから、無責任のようですが、「問題に対しての正解不正解に関しては確認しなくてよい」のです。意地悪のようですが、果たしてそうでしょうか。だって、自分が家で宿題をしてきた時に、すべてが正解だったわけではないはずです。本来、学校で習ったことを一人でこなすのが、宿題だと思います。ところが放デイには『児童指導員』がいるから、全問正解を期待してしまう保護者様もいるかもしれませんが、それは正しくないように思います。

「娘の将来を考えて」の学習とは

うちの娘は3歳10か月、もうすぐ4歳になろうとしています。発達障害…たぶんですが、自閉症の『積極性奇異型』になるんだと思っています。そんな娘のことを考えて、『学習面』はどうすべきかは難しく感じることもあるのです。息子との違いは、『知的障害』があるかないかです。知的障害はたぶん無い娘においては、これから『学習』という点にも注意を向けておく必要があります。

娘が発達障害と診断が下りた時、僕は当然にすぐに受け入れることが出来ませんでした。娘は知的障害がなかったために、言葉もすぐにでましたし、元気で、何を学ぶにも積極的だったからです。

しかしながら、娘の発達障害を受け入れてから妻に伝えたことが3つあります。

①何か一つで良いので、自信を持たせてほしい

②一つの目標を『就学前』もしも、それが難しい時には『小学校中』に座って授業を受けられるようにすること

③学習面で『基本』はその学年のレベルで身に着けさせること

ということでした。

自分に自信が持てず、自己肯定感が下がりすぎることを懸念しての①です。

支援級に行くのか、特別支援学校に行くのか、はたまた通常級に行けるのかを検討していく必要があります。「〇〇に行ってほしい」という『思い』だけでなく、それぞれの発達障害の特性に合わせて「どこまで克服」できるのかを考えて、目標に変えながら、躾・療育を進めていきたいと考えています。それが②になるんです

そして、一番僕が重要だと思うのは、③なのです。

学習面で『基本』はその学年のレベルで身に着けさせること

なんで、僕が③が重要だと思うかについて記載していきたいと思います。

それは、放デイに勤務して感じることの影響が大きいです。発達障害だから、「勉強が出来なくても社会性を」と一辺倒になるのは間違いのような気がするのです。

僕は、発達障害と言われる中学生の子を思ってそう考えているのです。

『中学生になると落ち着く』ことが多いように思うのです。(ただ、誤解がないように…それは全員とは言いません。)注意欠陥多動で動きまわっていた子や、暴言がひどかった子、こだわりが強くて何を言っても動じなかった子が、『発達障害がない子のように』落ち着く瞬間が来たりします。なぜ、そうなるのか…それは習慣の変化が大きい、小学生→中学生の変化で身に着けることなのかもしれませんし、その子の成長(脳の成長)なんかも影響しているかもしれません。ただ…問題が一つあるのです。

中学生になっても取り返せない学習面(自己肯定感の低下へ)

せっかく、発達障害の面が薄れてきて、健常の生徒と一緒のレベルになってきたとします。例えば、『授業を落ち着いて受けられなかったけれど、中学になったら受けらえるようになった』とします。ところがそうなった喜びも束の間…学習面で小学生時代から追いついていかなかったために、いきなり勉強ができるようになることはなく、学習についていけないことで、自己肯定感も下がってしまう。高校を意識して、頑張ろうと思っても、中学の勉強を理解するまでに、相当量の勉強をしないと難しく、それをする前に根気が持たず、諦めてしまうことになるのではないか?と思うのです。そして、実際にそういった生徒を見ることもあるのです。

  • ソーシャルスキル(社会性のスキル)は向上↑
  • だから、「勉強を頑張ろう!」と意欲は向上↑
  • 学習面の習慣・学力は小学生の頃の現状維持であり、通常級生徒との差は開くばかりで自己肯定感は↓

だから、僕は、発達グレーや知的障害を含まない発達障害の子不登校児童でも、小学生のうちにも「基本の習得」だけはしてほしいと思うのです。

ただし、『正しい学習習慣』とセットで考える必要もあると思います。それは、

放デイで宿題をすることは「あまり期待できない」という認識を持ち、家で学習する癖をつけてほしい。ただ、中々座っていられないのに無理をさせろという気持ちではありません。ゆっくりさんでも「計算」「漢字」なんかはしっかりお勉強しておいた方が良いと思うのです。それは、僕が発達障害の娘がいて、娘に思うことなのです。

まとめ

ここでは、発達グレーのお子様、軽度の発達障害児のお子様・不登校のお子様の学習面について記載しました。実際には、「生活」があるので「放デイで勉強してきてほしい」という保護者様の気持ちは、間違いではないと思っています。ただし、長い目線で物事を考えた時に、『いつかは中学生になる』というのは間違いがないことです。必ず、中学生にはなるのです。そして、その先に受験もある。

そして、子供の成長は体もそうですが、ソーシャルスキルの向上も(少なからずは)あるものです。それは、本人が経験する事々とあわせ、脳の成長により、身につくことだと思います。

その成長があった時にも拘わらず、「学力面で手遅れ」ということもあり、本人がそこで「諦め」をする選択肢しかない状況は避けたいと僕なら思います。

小学生の時には、その特性から動き回り、先生のいう事も聞けない。友達ともトラブルだらけ。でも、中学生になると、脳の成長とともに、友達との付き合い方を学び、先生の言っている意味や愛情も理解することができるようになる。並行して、少し自我が目覚め、「自分」と「周り」の関係を理解する。ところが、その時に、学力がなく、何をするにも諦めるしかない状況に突き落とされる。過去を後悔し、自己肯定感を下げてしまう。さあ、これからと思っても、時すでに遅し。そうならないためにも、「基礎学力だけでも…」と、僕は妻にそう話したのでした。

ただし、誤解がないように。

「無理に勉強する」のではなく、宿題をすることの習慣化とあわせて、ゆっくりでも良いので基本だけでも…という気持ちが大切なように思います。個人の階段をしっかり見極め、少しずつでも学習面で、本人のペースを作っていけたら…と僕は思います。

 

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