2019年11月の頃の自分へ 2024年3月自分から

家族の記録

発達障害(軽度知的障害・自閉症・強迫性障害のある息子との奮闘記)のブログを読み直して、当時を思い出しながら、当時を振り返って、今ならどうする?を考えてみます。小学校4年生の頃の息子の状態を考えて、あの頃は必死だったけれど、「今なら、自分に対してどうアドバイスをするんだろう?」という視点に立って読んでみたいと思います。10歳のお子様がいる方には参考になるかも?と思っています。

過去のブログです。ライブドアで出していました。一部改変しました。読みながら…自分にとっては、非常に懐かしい日記状態。読んでいて、ほっこりしました。今はもう3歳8か月の娘も、そのころは…笑

2019年11月のブログ

妻は妊娠しております。現在、3ヶ月。
血の繋がりのある我が子を持つことになりました。
といっても自閉症児のはーちゃんも、血の繋がりを超越する子と信じています。

今日は、初めて病院に付き添い、赤ちゃんを映像でみることに!!

「じゃあ、旦那さまは、ここに座って」

看護師にそう言われても、
なんだか旦那様という言葉ですら不慣れな自分は、
どきどき。

先生がなんか機械を嫁の腹にあてると、
赤ちゃんが!!
手がある、足がある、頭がある。
「背筋がまっすぐで、体調もこれくらい・・・順調ですね」

安心しながら感動していると、更にカラーの映像が!!
おおおおー!

びっくりです。たった頭からお尻まで6cmしかないのに、完全に人間。
しかも、カラー!感動しすぎて心臓が氷みたいに固まって。
えがったぁ。

妻も感動しておりましたが、今日は血液検査とインフルの予防接種をしてました。

それから、夜中になって、どうしたものか妻の腕が夜に痛みだし・・・
予防接種で腕が痛いと緊急指令が入りました。

僕は、心配でありましたが、当然にママだいすき、
自閉症の息子は心配になり、
「ぼくがママをどうにかしないと・・・」と不安を隠して精一杯。でも、同様を隠せません。

なんと・・・いたいけな。

「どっかに電話をかけるんだ」といって携帯と悪戦苦闘しています。
夜中の23時にどこに掛けるんだ???と唐変木パパも不安に。

おいおい、待ってくれ・・・

当然、具合の悪そうな妻も、
「ママは大丈夫だから」と息子を止めています。

すると、不安症・神経質でもあるはーちゃんは、
混乱したのか・・・

大泣きしながら、
「はーちゃんは、ママがお空にいっちゃったら、はーちゃんも、はーちゃんの・・・お誕生日なんかいらないからー!」

「予防接種なんか殺す!明日は、トビーム(放課後等デイ)なんか行かないから!トビームのバカ!」

と極度の不安状態に。

そして、パニックに至り・・・

とほほ、僕ははるちゃんにずっと付き添いながら・・・
涙をポロポロながらしながら、暴れながら、大きな声をあげている、
強迫性障害(潔癖症)から、唐変木パパの息がかかるのが嫌だと顔をそむけている・・・

そんな我が子に愛があふれるのでありました。

今、感じること(息子が中学2年生になって感じること)

この頃の息子は本当に繊細でした。強迫性障害がひどくなり、ここで書いているような「息がかかるのが嫌」とありますが、実際には、息がかかるのを感じるような距離で話すことはなかったので、実質「息をするな」ということでした(笑)

「息をしていると息子がパニックになる」という恐怖心から、僕はいつも「鼻で息をしていた」のを思い出します。それから1年後、強迫性障害(潔癖症)に追い打ちをかけたのが、「コロナ」でした。恐ろしいものでした。なんせ、その強迫性障害が、更に炎をまとうようなもんじゃないですか(笑)

 当時は、僕の実家に行っても、色々な息子からの注文があり、それを黙っていうことを聞く僕は、少しみじめな気持ちになっていたのを思い出します。『合理的配慮』は必要なんです。でも、その合理的配慮は、ある意味で『息子の言いなりになる』ことでもあるのです。父親として家庭を持ち、実家に行くけれど、まだまだ知的障害・自閉症などを理解しきれていない僕の父母の前で、その一家の大黒柱であるべき自分が、困り果てた感じで、息子の言いなりになる姿を、僕の父母はどう見ていたんだろうと思ってしまいます。当時は、僕の父母によく息子の障害について、説明をしていたのを思い出します。

「よくお前耐えたね」と、今は言ってくれます。それほどに、「言いなりになるのは大変」なことなんです。つまり、合理的配慮というのは、「大人としてのプライドを捨てること」でもあるのかな…と、当時を思えば、そう考えられます。でも、そういった、「大人としてのプライドを捨てたこと」=合理的配慮によって、今の「安定した息子がいる」のも事実です。

みんさんの中でも、「子どもの言いなり」になることが多いのではないか?と思います。まるで、自分が召使にでもなったように思うのではないかと思います。でも、いつか子供は理解をするのかな…とも思えます。こころが安定してくると、自分に余裕が持て、考えが改まることもあるのかなと思います。「軽度知的障害の子だからだよ」と、そう思われるかもしれませんが、実際にそうなのかもしれませんが、今、放デイで重度の子なんかを見ていても、同じように僕は感じます。その子のために、「その子が落ち着く方法を探して、そこに大人が合わせ、実際に落ち着かせていく」ことをしていくと、何か子供と自分との関係に、その頃とは違う何かを感じることがみんさんの中でも、「子どもの言いなり」になることが多いのではないか?と思います。まるで、自分が召使にでもなったように思うのではないかと思います。でも、いつか子供は理解をするのかな…とも思えます。こころが安定してくると、自分に余裕が持て、考えが改まることもあるのかなと思います。「軽度知的障害の子だからだよ」と、そう思われるかもしれませんが、実際にそうなのかもしれませんが、今、放デイで重度の子なんかを見ていても、同じように僕は感じます。その子のために、「その子が落ち着く方法を探して、そこに大人が合わせ、実際に落ち着かせていく」ことをしていくと、何か子供と自分との関係に、その頃とは違う何かを感じることがあるんですね。まずは、心を落ち着かせる。それは、凄く重要なことなんだと思います。

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