「発達障害児子育て」に悩むパパママさんへの手紙

独自画像 アイキャッチ画像

はじめに、このブログでは「発達障害児子育て」で悩み、今にも投げ出したくなったり、涙が止まらなくなったママさんへの僕なりに考えた「手紙」になります。本当に苦しい時に、読んでほしいと思っています。

発達障害児の子育てで、苦しいのは「孤独感」だったりします。
誰の支えもなく、限界と感じることも多いと思います。
でも、「1人ではない」と思ってほしい。
それに、自分自身を攻めすぎないで欲しい。

そんな想いをblogにしました。少し長いですが、読んで頂けたら嬉しいです。

このブログで、僕が「もっとも伝えたいこと」を凝縮して書きます。

これは、子どもの成長に真面目に向き合い、今にも心がくじけそうなパパやママへ贈る、僕からの手紙です。

今、僕は福祉人として独立し、新たな挑戦のスタートラインに立っています。この人生のターニングポイントにあたり、あえてこの記事を書き、Xやthreadの固定ポストに掲げることにしました。それは、僕自身の「覚悟」を固めるためでもあります。僕はただ稼ぐためではなく、人生をかけて、発達障害児家族を「支える人」になると決めたからです。

理屈や理想論はいりません。

僕は、支援者である前に、一人の「親」だからです。綺麗事の支援者の言葉では絶対に伝えきれない想いを、この場所に僕の軸として残したいのです。

10年前、僕は妻が連れてきてくれた天使――息子と出会い、特別養子縁組をして「発達障害児のパパ」になりました。

けれど、その天使は、最初から簡単に天使でいてくれたわけではありません。
あまりの苦しさの連続に、「先ゆく未来に光が刺すことはない」と絶望した時期が、僕たち夫婦にもありました。

SNSを見渡すと、今日も本当に苦しそうな声が溢れています。
相談を受けながら、目の前で涙をこぼし、消え入りそうな声で「苦しい」と漏らすママたちがいます。苦しみを必死に隠して、無理に笑うママもいます。

そんな時、僕は言葉を失います。

言葉で表現できないほどの深い苦しみに、薄っぺらなアドバイスや慰めは、ただ軽々しく響くだけだからです。理屈じゃない。僕は常日頃、「本当に苦しい時には、言葉よりも、ただ隣に寄り添うことの方がずっと大切だ」と思っています。だから、悩みが深い人に対して、知識や理屈を言葉にしていくことは、僕は好きではありません。

けれど、本人の目の前では軽くなってしまう言葉も、
「一人で途方に暮れ、夜中に悩み抜いてネットの海を漁り、ようやく辿り着いた文章なら、ほんの少しの勇気や、暗闇を照らす灯火になれるかもしれない」そう考えて、この「手紙」を作ったのです。

このブログは、
未熟なパパからの、あなたが本当に辛い時に届けたい手紙です。

僕たちの泥臭い経験

少しだけ、僕たち夫婦の泥臭い話をさせてください。

結婚当初、息子との絆を結ぶ日々は葛藤の連続でした。僕という「存在」そのものが息子を混乱させ、拒絶されました。僕は「息子にとって存在してはいけない人」と突きつけられる毎日でした。

そして僕と息子の関係がこじれるほどに、再婚した妻の心は引き裂かれていきました。
「息子の幸せのために結婚したのに、私の選択がこの子を苦しめた」
理想の家族を夢見ていた妻にとって、それは悪夢のような現実でした。
妻の心はみるみる病んでいき、ある日、激しい絶望の中で僕は告げられました。

「お前のせいで、私たちは不幸になった」と。

夫婦の関係も音を立てて崩れていきました。

帰宅をすれば普段と形相が違う顔をした妻に怒られ、土下座をして「もう、勘弁してくれ」と懇願した日もあります。現実から逃げ出したくて、車中泊を繰り返した日もあります。自分のプライドもズタズタになり、感情をコントロールできず、車内で一人、上手くいかない自分を呪って、自分自身を怒鳴り散らし、叫んだこともあります。

泣きながら震える妻を抱きしめているのに、心のどこかで「めんどくさい」と思ってしまい、猛烈な罪悪感と自己嫌悪で胸が潰れそうになったこともあります。

息子に向き合おうとしても、息子からの拒絶が酷く、たかだか小学生も振り向かすことが出来ない自分が情けなくて、しばらくして「あんなガキなんかどうでもいい!」と、心の中が闇に包まれたこともあります。

思い描いていた「理想の夫」「優しい父親」とは程遠い、情けなくて、醜い自分がそこにいました。

当時の僕は、発達障害についての座学を必死に勉強していました。けれど、そんな知識は何の役にも立ちませんでした。座学上の教科書には、当事者の「血を吐くような苦しみ」なんて、一行も書かれていなかったからです。

僕は、子どもを支えるママの辛さを、これっぽっちも理解できていなかった。ただの大きな勘違いをしていたのです。
周囲の人は、本当に僕らのことを理解して、助言をしてくれているのでしょうか?

いま、病院のアドバイスや、先生たちの言葉、支援者の助言に「そんなこと言われたって、24時間休む間もないのに…」「誰も私の本当の孤独を分かってくれない」「もっと具体的な助言がほしいのに」と、心を閉ざしてしまっているママはいませんか?

その感覚は、
僕は正しいと思います。

「理解できます」なんて簡単に言う支援者がいたら、僕は逆に信用しません。
僕たちの日常は、そんなに浅い場所にはないからです。


あなたは悪くない 自分を責めすぎないで

いま、この瞬間も、

夜中なのに全く眠らず、ドタバタと暴れる我が子の横で疲労困憊しているパパママがいる。

心療内科で診断を受け、病院の白い廊下で呆然と立ち尽くしているママがいる。

保育園や学校の先生から呼び出しを受け、作り笑いで謝り、その帰り道で限界がきて涙を流しているママがいる。

ママ友からの悪気ない慰めに、みじめさと悔しさが押し寄せ、その場から逃げ出したいと思っている人がいる。

僕は、あの頃の妻を重ね合わせ、胸が締め付けられます。

「なんで……なんでうちの子が障害なの?私が何か悪いことをしたの?〇ちゃんは何のために生まれてきたの」

そう叫んで号泣した妻の姿。

「もう、誰もいない遠いところに、私を一緒に連れていってよ」

泣きながら、僕の胸を拳で叩いた妻の苦渋の顔。
我が子に手を上げそうになり、その手をハッと下ろして、そのまま床に膝から崩れ落ちた妻の絶望。
あの時、僕のひざ元で、くちゃくちゃの顔をして泣きじゃくっていた妻の姿を、僕は一生忘れません。

だから、同じように悩むあなたに、
あの日の妻に伝えた言葉を、そのまま届けたいのです。

「なんで……なんでうちの子が障害なの?私が何か悪いことをしたの?〇ちゃんは何も悪くないのに」
そう言って泣きながら、ぼくの胸を叩く妻に対して、僕はいつも思っていました。

「君は、何も悪くない。もちろん、〇ちゃんも」

障害児を育てていると、何度も勇気を振り絞って壁を登り、
そのたびに現実という波に突き落とされる、果てしない「障害受容」のループが続きます。
辛い苦しい現実を何度も受け入れないといけない。
それが、どれほどに苦しいことか。

追い詰められて、
「もう限界。全てを放り出してどこか遠くへ逃げ出したい」と思ってしまうのは、親として失格だからでしょうか?

いいえ、当たり前で、自然な感覚だと僕は思います。
それほどまでに過酷な日々を、あなたは生きているからです。

泣きじゃくることも、
子どもに暴言を吐いてしまうことも、
一緒に消えてしまいたいと思うことも、
全部、人間として、親として、限界まで戦っている証拠です。
何一つ、間違っていません。
あなたは、ぎりぎりまで頑張っているんです。
あなたを責める理由には、絶対になりません。

あなたが頑張ってきた理由は何でしょうか?
何がそこまで、あなたをギリギリまで支えているのでしょうか?

過剰に自分を責めることは、
心を縛り、前を向く時の足枷になってしまいます。
動けない自分は、更に、自分を責める要因になります。
悪循環のループを抜けることが出来なくなります。

どうか、「私が悪いんだ」という邪念に押しつぶされないでください。
どうかギリギリまで耐え、向き合えているその「理由」を、もう一度、思い出してください。

妻は何も悪くない…そう思えた瞬間のエピソード

文章の内容をイメージしやすくする画像

僕が今でも鮮明に覚えている、ある不思議な記憶を話させてください。

妻がカサンドラ症候群になり、僕への暴言が酷くなっていた頃、僕自身も疲れ果て、すべてを諦めかけていました。毎日が、本当に泥臭くて、呪われているような日々を過ごしていた時でした。妻には、怒鳴られ、罵倒され続ける日々。妻の感情は、上下を繰り返し、泣き崩れることも、しばしばあったのです。苦しくて、本当に諦めかけていた時のことでした。

僕の足元で泣き崩れる妻をじっと見つめていた時、彼女が急に、一人の小さな「少女」に見えたのです。妻の実家に相談に行った際、リビングに飾られていた彼女の幼少期の写真。それが目の前の姿と重なりました。

この子は、何か悪いことをしただろうか?

ぼくの脳裏に不思議な感覚がありました。
大人になった妻も、少女でした。
その少女が笑って、「私は幸せになるんだから。優しいママになるの」そう言っている気がしたんです。

「少女を僕は見放すのか?幸せにすることは出来ないのか?」
そういう感覚が僕の中に残りました。

あなたも、同じはずです。

十数年前、数十年前、あなたはただの少女でした。
ただ「幸せになりたい」と願い、大好きな人と出会い、温かい家族を夢見て、命をかけて出産した。
そして今日まで、必死に「命」を育ててきた。

そのどこに、あなたを責める理由があるのでしょうか?

少女の時に夢見た世界とは、違う現実かもしれない。
子供を愛しているからこそ、苦しくて、認めたくないことだってある。
そして、自分なりの努力しているのに、本来は理解してくれるはずの人の安易な言葉に苦しむ。

けれど、無力感に打ちひしがれながらも、
あなたは今日も子どものために、何度も深呼吸をして、前を向こうとしている。

怒ってしまって後悔したり、
周りの冷たい視線に耐えたり、
泣き出したい気持ちを抑えて、無理に笑っていたりする。

それだけで、信じられないほど凄いことです。
本当に、立派で、素晴らしいママだと僕は思います。

今、ぎりぎりまで苦しくて、涙が溢れているのは、きっとお子さんを本気で愛しているからだと思います。
自分が「子供を愛しているのか?」と疑問を持つママがいます。でも、疑問を持つほどに、愛しているのではないでしょうか?疑問を持つほどに、子供のことを考えきた自分がいるのではないでしょうか。

ネットの世界だから「見えない誰か」かもしれないけれど、
今、孤独な暗闇のトンネルを歩いているあなたへ。

かつて出口が見えなかった僕たち夫婦だからこそ、確信を持って言えることがあります。
その悩みの強さは、いつか必ず、未来を変える力になります。
今は信じられないかもしれないけれど、景色は少しずつ、変わっていきます。1mmでも変わっていくんです。そして、必ず、良い未来に変わります。

だから、最後にシンプルに、この言葉を贈ります。

「大丈夫。あなたは、素晴らしい。何も悪くないから、自分を責めないで。どうか、元気を出してください」

今夜、限界を迎えているあなたの心を、
その言葉の毛布が少しでも包み込んでくれますように。
未熟な僕からの、心からの手紙です。

作者の家族写真、独自画像を数個ならべています

諦めない気持ちを支えた言葉

僕は、結婚して家族が崩壊しそうな時、
妻に怒鳴られて、貶されても…
妻からの「離婚」という言葉にだけは、首を縦に振りませんでした。

もちろん、上述のように、くじけそうになって、投げやりになりそうになったことは、何度もありました。
特に子供との関係性が維持が出来なかったり、
「息子に嫌われたら終わり」という崖っぷちに立たされた心境で息子の言動に怯えながら、子育てしているときは、本当に苦しいものでした。

でも、その時に、自分を支えてくれたのは、
「今が一番つらい時」という言葉でした。

この言葉に、僕は支えられていました。苦しい時には、何度も自分に言い聞かせていました。口にして、「大丈夫、今を乗り越えろ」と考えていたんです。

僕は、昔から、「いつか、きっと」という言葉が好きでした。
夢を抱き、少し野心のようにも思える、その言葉。
今は耐えしのぶ時、でも、いつか未来は変わる。
そんな風に思える、「いつか、きっと」という言葉が、未来を変えるきっかけになるような気がしていたのです。
だから、「今が一番つらい時、乗り越えろ」と、そう考えられたのだと思います。

それと、そんなきれいごとだけでなくて、僕は、辛くても、逃げ出すことの方が、よほどに怖かったのです。
臆病者。

「あんなに時間をかけて(僕の親に障害児のいるママと結婚すると)親を説得して、親戚からの反対にも理解を求めたのに、結婚してすぐに離婚なんて言い出せない」と、姑息に考えてもいました。
自分は成功者でありたい。そう思ってきたけれど、負け犬になるような気持ちでした。

善人ぶってるけれど、逃げ出したいと思っているじゃないか!
自分に対しての嫌気。自己嫌悪。自己否定。
それを繰り返しました。

そして、子育てにおいても、失敗ばかりです。
上手くいったはずだったのに、すぐに、それが上手くいったが故に、別の問題が出てくる。
発達障害児の子育ては、そういう子育てです。

苦しくて、車の中で、発狂して「もう離婚だー!あんなガキの親になって何になるんだ!」
と大声で叫んだこともありました。


「なんで俺がこんな目に」と、他責思考で考えてしまうこともありました。

でも、ふと、優しかった頃の、妻の顔や、息子の笑顔が脳裏をかすめて、
「ここで逃げ出したら、一生、後悔する」と考え、我に帰る。
その考えが行ったり来たり…それは、「葛藤」そのものでした。

それで、切り替えたんです。
逃げ出して、一生後悔して、十字架背負って生きていくのより、

「こいつら、全員、幸せにしてやろうじゃないか」と。
「覚悟」「決意」「使命感」、そんな感じです。

それまでも、決心めいたものはありました。
でもきっと決心しているようで、決心が出来ていなかったんです。
凄く弱い決意。
ただ、その時の決意は、そこまで境地に追い込まれた時の決意は、今もしっかり胸に刻まれています。
今も大事にしている決意です。

その当時、考えて、妻にも伝えていたのは、
「俺が憎いだろうが何だろうが、絶対に幸せにする。10年かかるかもしれない。でも、絶対、結婚して良かったと思って貰えるようにする。僕らにとって、今が、一番苦しい時。ここを乗り越える。結婚してすぐにきた一番つらい時。それが、結婚して一年目。最初で良かったんだ。そう考える。これからの未来は明るくなる。明るくする。まずは、今を耐え忍ぼう」ということでした。

それでも、そう簡単に妻の気持ちが割り切れるわけもなく、僕は、どんなに努力しても攻められる毎日でした。
妻は、病んでいきました。精神的に、崩壊近くになっていたのです。

でも、僕は諦めない。

離婚届に、妻の名前、印鑑…それを突きつけられる。
それでもあきらめない。
離婚に首を縦に振らない。
時に、「分かった。離婚しよう」そんな気持ちになる。でも、ぎりぎりで耐え忍ぶ。

息子は、僕が帰宅すると、
どでかい音がするくらいの勢いで扉をバタンとしめて自分の部屋に入って出てこない。
「クソガキが」と思わないわけではない。
自分も人間。小さな子供をコントロールさえできない自分をあまりに情けなく感じる。
僕がイメージしていた息子との関係性、それは絵空事でしかなくて、
現実と大きくかけ離れていて、心がくじけそうになる。

でも、諦めない。

それは、ぼく自身の忍耐力もあったのかもしれないけれど、僕はたぶん、次の言葉に支えられていました。

「いつか、きっと」
「今が一番つらいとき、乗り越えろ」
「長い目線で」

だから、今、悩んでも、僕はここに立ち戻ります。
今も、息子には困らされること、未来が心配になることが、山ほどあります。
でも、5年後…という感じで長いスパンで物事を動かす。
長いスパンで物事を考えると、
一番、いらない感情を消すことが出来る。それは、「怒り」です。

焦らない。
ゆっくりでいい。


「いつか、きっと」より幸せになる自分や家族を想像する。
そうして、前を向いて歩いているのです。

だから、僕は、それらの言葉を、あなたに贈ります。

「いつかきっと、未来は変わる。長い目線で、ゆっくり、ゆっくり」

僕ら障害児の親は、「障害受容は何度も繰り返さる」ものです。

僕ら夫婦も、何度も障害受容を繰り返してきました。
小さい受容から大きい受容です。
問題が起こるたびに絶望を感じ「もうだめだ」と思い、でも、やはりもう一度考え、努力する。その繰り返しをしています。

周囲の視線、他人からの注意、学校の先生からの安易な言葉…
パニックが酷い時、「この体を切り裂いて下さい」と言われた時…
強迫性障害で口の中を掻きむしる息子を見た時、スクールバスで乗れず周りに迷惑をかけた時…
数え上げたらきりがないくらいです。

ママはその都度、
涙が溢れだし、塞ぎこんでいました。

息子は高校生になりましたが、今なお、障害の受容をしなければいけない事件は起こります。

先日は、ちょっとした注意をした際に、息子に右目を殴られて、目は腫れ、痣。
暴れないように、押さえつけようとした際に、右手の小指が骨折です。
その時の落胆。息子が障害があると再認識瞬間。

この前は、息子の薬の増量を宣告されて、「今まで自分が努力したことはなんだったんだ?」と悩みに悩み、落ち込みました。努力をすべて壊されたような感覚。それを受容していかないとならない。

障害児の親は、いったん自分の子供の障害を受容したとしても、
くじける瞬間が多すぎて、そのたびに、
「もしも、障害がなかったら」を考えてしまったりします。
そして、そう考えても現実は変わりません。
だから、現実をまた受容して、立ち上がらなければならない。

だからこそ、「どっかで自分を支える言葉が必要なんじゃないか?」と僕は思います。

子育てが上手くいかない。
でも、僕は、呪文のように考えます。

「だいじょうぶ、今は辛い。でも、未来は変わる。今が辛くても大丈夫。長い目線、長い目線」

障害だから、「治る」わけではないけれど、
未来は変えられると信じて、子育てに向き合います。
変わる、変わらないの現実が大事ではなく、未来を変えられる、変わっていくと信じること自体が大切です。

あなたのお子さんも、今は気付けないかもしれないけれど、必ず、成長します。
未来は、絶対に変わります。

小さな幸せは、本当に小さいのか?


「必ず、幸せになる」
「今は、わたしは幸せだ」と
苦しい時ほど、そう思えない時ほど、
あえて、嘘でもいいから、それを言葉にし発して欲しい
と、僕は思います。

そして、その幸せの中に、きちんと、「自分」を含めて欲しいのです。
「子供を幸せにする」だけではなく、「あなた自身も幸せになる」「わたしは、頑張っている」と思ってほしいのです。

不思議ですが、いつしか、そう本当に思えるようになるのです。
望んだ形の「しあわせ」ではないかもしれないけれど、違う形でも「しあわせ」を手に入れられたりします。

小さな幸せに気付くようになる…
そんな感じの気がします。

多くの障害児のパパママさんは、忙しさや苦悩の中で疲れてしまうことで、そこを見落としてしまうから、幸せを感じれない時が多いのかもしれません。


でも、問題ばかりが目立ってしまい、
それが邪魔して見えていない「しあわせ」が、
実はたくさん、足元に落ちています。

最近、僕は、そういった幸せに気付けるようになった気がします。
劇的な変化ではなく、ゆっくりの中の、1mmくらいの歩幅の成長を感じる。

でも、それが実は、僕らにとって、健常児の子育てにない、凄く大きな幸福なのではないかな?と思うんです。
小さな幸せと人は言うかもしれないけれど、
でも、その小さな幸せを喜びとして感じて生きていける人生というのは、
実は、それ自体が、本当に大きな幸せのある人生なのではないかなと思う
んです。

みんなが気付けない「幸せ」を大きく喜べる人生って素敵ではないですか?

周りの人をうらやむというのは、周りの人の幸せを見つめています。
それは勿体ないことです。

他人を気にせず、自分とお子さんをしっかり見つめれば、
案外に、幸せが、沢山、散らばっています。

それを見つめて欲しいです。
周りではなく、自分を見つめる。
周りではなく、自分の子供だけを見つめる。

そうしていくと、

案外に見つけづらそうで、見つけやすい幸せが、
「しあわせだ」という花々が、あちらこちらに咲いています。


周りが気になるときは「望遠鏡」を覗きこんで

この見出しの内容にそった画像。子供をレンズで覗いている時には、周りの声は気にしないで良いというイメージ画像になります。

他人と比較して寂しい気持ちになる。
お遊戯会をぶち壊さないで…と願うような気持ちで見つめる。
楽しみにしていた遊園地で奇声をあげて逃げ出すように帰る。
周りの人たちがどう思っているか気になる。

それは、仕方のないことです。

でも、望遠鏡で覗き込むと、自分の子しか映らないのです。
そして、さらに覗き込んでいくと、子供の心の中心がいかに純真であるかが見えてきます。

集中して、自分の子を見つめていけば、周りは映らない。

お遊戯会の時、スマホで動画撮影。
自分の子供を拡大する。
その動画からは、周りの人が消えていく。


それで、良いじゃないですか?

そうしましょう!!望遠鏡でお子さんだけを見つめましょう!
そんなこと言われたって出来ない。そう思うかもしれませんが、出来ます!
だって、スマホのカメラという機械が出来るんですよ。
絶対にできます。周りなんて、気にしない!!僕は強く伝えたいです。

もちろん、謝罪が必要な時、
迷惑をかけた時は、そうは言ってられない。
謝ることは大切。
人に迷惑をかけて、「障害だから仕方ないだろ」と思うのは間違い。

ただ、悪意ある人の言葉や視線に揺さぶられないで。

他人なんて、しょせん、他人です。
他人はあれこれ言いますが、家に帰ってまで、あなたの子供のことを考えてくれるわけではないのです。
文句だけ話して、すぐに忘れる。そんなものです。
文句を言ってくるような人間関係の中で、常にあなたのことばかり考えている人なんて、絶対にいません。
文句を言って、すぐに忘れているんです。

相手は、10分程度の文句。
でも、言われたあなたは一日中悩む。


これは、不公平です。

そんな人のことで、心を支配されないで
とにかく、自分の子の成長を見つめてほしい。
そういう時ほど、我が子をズームして見つめる方が良い。


これは、昔、周りと比較してしまう妻に、
僕が言った言葉を、そのままここに書いています。



ほんのちょっとの成長でも見逃さないぐらい見つめてほしい。
そしたら、周りの言葉なんか、どうでもよくなるから。

人と異なる成長であっても、
その子なりに成長していることを、
親の僕らがしっかりと見つめてあげることが、
そして、その成長を子供と一緒に喜び、
親が笑顔で褒めてあげることが、「子供の喜びになる」ということを忘れないでほしいのです。

子供は、あなたに褒められるのが一番うれしいんですから。
あなたに褒められたくて仕方ない。だから、「見て!見て!」と洋服を引っ張るんですから。

そんな我が子を、ズームしてしっかり見つめましょう。
他人に振り回されることほど、大切なお子さんとの時間の中で、無駄なことはありません。

妻から聞いた話になります。
支援者の方と話をしていた時に、やはり「嬉しかったな」と思うことがありました。

「息子さんのあの状態からここまで成長したのはすごいですね。何のおかげだと思いますか?」
と言われた妻は、支援者の名前をたくさん言っていきました。

放課後等デイサービスの先生、
お医者さん、
家族、
特別支援学校の先生…

そんな感じで答えていきました。
ところが、その支援者の方はにっこりしながら「1人忘れていますね」と言いました。

妻は首をかしげて、「誰でしょうか」と聞きました。
すると、その支援者の方は
「お子さん自身ですよ」と言ってくれたのです。

「〇〇君はゆっくりかもしれませんが、〇〇君の脳がしっかりと成長しているんです」
と、おっしゃってくれたのです。



僕らは日常の中で、親でありながら、実は1番身近な支援者です。
そして、一番、子供に日々翻弄されています。
でも、1人でこなせるには限界があり、
そして多くの方々が、本人を取り囲んで、その成長を支えています。

実は、そこが落とし穴で、
本人自身が成長しているということを、僕ら親は知らないうちに忘れてしまっているんです。

こども自身が成長していること、
こども自身が頑張っていること。
こどもの体だけでなく、脳も成長していること。

親として、「我が子が自分自身が成長している」というのは、本当に嬉しいことです。

子供がしっかりと前を向いて、
悩ましいことがあっても、
少しずつ成長している…
パニックみたいに、
もしくは叱責されて泣いたりしても、
苦しいことに直面しているだけではなくて、
その子なりに「乗り越える道」を学んでいる。

僕らだけの力ではなく、
支援者だけのおかげでもなく、
その子自身の努力を知ってほしい。
その子の成長も見つめて欲しい。

つらい癇癪は見ていて悲しく、苦しいものですが、「いつかきっと」落ち着ける時も必ず来ます。
パニックの頻度も変わります。それは、お子さん自身も、そういった辛い中でも、きちんと成長しているんです。

そこを、僕ら夫婦は見落としてしまったけれど、
皆さんには、お子さんに対して忘れないで欲しいなと思います。

あなたのお子さんも、絶対に、成長しています。
僕らみたいに失敗せず、その成長を「見つめてあげてほしい」って思います。

あなたのお子さんは、
いつでも、「自分の喜びと自分の成長を、ママと共感したい」と望んでいます。

子供と親の愛情を感じる写真

ある支援者からの言葉に救われたエピソード

僕は、ある支援者の方から、救われた言葉があります。


「あなたの愛情は、きっと届きますよ」


それはどんな場面で言われたかというと、初めて「息子を本気で叱ったとき」のことでした。
結婚して3ヶ月、つまり特別養子縁組として息子を迎え入れてから3ヶ月くらい経った時に、息子があることで癇癪になり、自分の首元にハサミを向けて泣き叫んだ時でした。

僕は咄嗟にハサミを取り上げて、初めて息子を怒鳴りました。それまでは、どんな嫌なことがあっても、困っても、息子を叱ったことがありませんでした。

でも、その時は、
体を押さえつけて、叫ぶように言いました。


「こんなにパパが愛してるのになんで伝わらない!こんなにママが愛しているのになんで伝わらない!そんなことをして、パパやママがどんなに悲しむことがわからないのか。これだけは許せない。君の命は僕の命よりも大切だし、ママもそう思っている。二度と、そんなことをするな!」
僕は大声で息子にそう伝えました。

それから数時間が経ち、
息子も落ち着き、妻もその姿を見ていたので、不安そうな顔しながらも、息子の気持ちに寄り添っていました。

ただ僕の気持ちは、まだパパになって間もない時でしたから、
「息子との関係性が壊れた…」と思って、落ち込んでいました。
落ち込んでいたと表現していますが、実際には、「絶望」を感じていたのが、本音でしょう。
「これで、終わってしまった」と思っていたんです。

というのも、その当時は、僕は発達障害について勉強していたのですが、
「発達障害児に叱るのは厳禁で、叱った内容等は頭に入らず、叱った人の怖い顔だけが印象に残る」
というのが僕の頭の中にあったからでした。

当時は、一度関係性が壊れてしまえば、修復は難しいだろうと思っていたのです。

「息子との関係性が完全に壊れたのではないか」
と思い込んでしまい、口も聞けないくらい僕は落ち込んでしまいました。
数日間、とにかく落ち込み続けました。

ただ、ある日、当時住んでいたマンションの前の道で、
たまたま放課後等デイサービスの送迎をしていた(僕が尊敬していた)指導者の方が道を通りかかりました。

「〇〇さん」

僕に声をかけてくれたので、僕は元気なく挨拶をしたところ、
車からわざわざ降りてきてくれて、僕の話を聞いてくれました。包み隠さず、自分の気持ちを伝えました。

その時にその方が、
「あなたは息子さんを愛してるんですよね?」
と言ってくれて、

僕は、「はい…もちろん」と答えました。

すると、その指導者の方は、
「大丈夫ですよ。あなたの愛情はきっとお子さんに伝わりますよ」
と言ってくれました。

僕自身は、その指導者の方が地域でも有名な発達障害に詳しい人だったので、
また、自ら、他で断られるような重度の子ばかりを引き受けるような…心の優しい支援者の方だったので、
その方からそう言って頂いた時、その言葉は、僕の中で「勇気」に変わりました。

「愛情は、伝わる」

単なる知識やノウハウではなく、感情がしっかりと伝わる。
何か、その方にそう言われた時に、「息子にもっと愛情を伝えていきたい」そう、素直に思えました。

その後、僕は、放課後等デイサービスで働いていましたが、
軽度の子でも、重度の子でも、言葉が話せる子であっても、話せない子であっても、愛着障害の子であっても…
正しい向き合い方をしていけば、
「愛情はどんな子にも伝わる」と、僕はそう信じています。

支援者として「愛情が伝わった」と感じた重度の子のエピソード


保護者さんの中には、
もしくは、支援者さんの中にも
重度の子には、「愛情と言うのは伝わらないのではないか」と思う人もいるかもしれません。
でも、人間関係の中で、子供と向き合ったときには、
必ず互いの愛情を感じる場面があるはずです。

時に、「話せない=理解ができない」と勘違いをしている人がいます。
でも、多くの場合、話せないからこそ、日々を不安に感じることが多いからこそ、
子供たちは周りの人の気持ちを感じようとしています。
その繊細さ、周りを見る力は凄いです。

愛情を感じらない子は1人もいない。
愛情は伝わる。

そう思って欲しいなと、心から思います。

ママが泣いていても、気にせず遊んでいる子ならば、
親は「なんでわかってくれないのか?」と思うことがあるかもしれません。

でも、だからといって愛情が伝わっていないとは言い切れないです。
そして、優しさがないとも言い切れない。
僕は、放課後等デイサービスの中で、
そういったことを感じる事例が数多くありました。

特に感じて大きかったのは、他害行為のある子と向き合っている時でした。
言葉もなく、すぐにつねってきたり、ぶったりしてくる子。他害が酷い子でした。
急にトイレットペーパーを食べようとしたり、トイレに座ってくれて陰部を抑え「大丈夫だな」と思っていたら、急に立ち上がってびっしょり…失禁…散歩にいっても、草を食べようとしたり、地面に寝そべってしまうような子でした。

他の職員は、怖がります。
その他害も力加減が出来ないので、怖かったのでしょう。

でも、毎日一緒にいる日々の中で、しっかり愛情が伝わっていると思えることが沢山ありました
みんなが怖がるその子を、僕は大切に思っていました。
いつも、怖がらず笑顔でそばにいました。
「君が大好きだよ」と何度も伝えていました。
散歩にいって、その子が寝そべってしまえば、僕はその横で一緒に寝そべりました。
いかに、笑わせるか?を常に考えて、接していました。当然に、結構痛い他害もありました。
でも、僕は、その他害については「無視」をし続けました。

高校3年生だったその子が、僕の勤めていた放デイを卒業する日。
短い関りの、短い期間ですが、一緒にいた濃度は物凄く濃いものでした。
ほぼほぼ、僕が担当みたいになっていからです。
大変なこともあったのが事実でした。

だからこそなんでしょうか?僕は、色々なことを思い出して、自然と涙が溢れ出ました。
もう会えないのかな?そんなことを考えると涙が零れてしまう。

その日は、僕は悲しくて、切なくて、その子と別れたくなかった。
「〇君が、来なくなると思うと寂しいね・・悲しいね…」
そう僕が頭をもたげて泣いていた時、ふと頭に何かを感じました。
その子が、僕の頭を撫でてきたのです。
僕は、驚いて、顔を挙げました。

泣いている自分が顔をあげて、その子を見ると、ニコニコしていました。
僕は、「その優しさ」に胸を打たれて、更に、僕は泣いてしまいました。

あ、伝わってる…

重度の子は、生活面で不安が多く、
望み通りにいかないだけでも他害が出ることがあります。
でも…自分より弱くなっている人の前では、優しさが溢れ出ます。

彼と別れるその日、僕は、明らかにその子よりも弱かった。
だから、きっと、僕の頭を撫でてくれたのでしょう。
その優しさに僕は心を打たれました。

その子には、ぼくの想いが届いていなかったのでしょうか?日常の毎日の繰り返しの中で、忘れてしまいがちだけれど、その子が頭を撫でてくれた優しさは、偽物なんでしょうか?

僕は、「愛情は伝わる」と信じています。
あなたのお子さんにも、あなたの愛情は、絶対に伝わっています。

あなたのお子さんは、ちゃんとママを見ているし、ちゃんと愛情を感じています。
そして、その愛情はいつしか、子供が自立をしていくときの…その子にとっての、「栄養」になります。
必ず「心の中の支え」になるものだと僕は思います。

そばにいなくても、何かをしようとしたときに、優しかったママの顔が浮かぶ。
当然に、ママの方では、子供の心の中を覗き見ることはできませんから、
その子の心の中に、「ママの顔が浮かんでいる」なんて考えもしないのかもしれません。

でも、きっとお子さんの心の中には、そういったママやパパの顔や仕草が残っていくものだと思います。
子供たちの記憶力はすさまじいのです。

僕ら自身が、「何か悪い事をしよう」とした際に、親の顔が浮かびませんか?
辛いことがあった時に、自分の親の言った言葉を思い出したりしませんか?
僕らだって、知らないうちに、そういった見えない糸で繋がっています。
その「頭に浮かぶ」というのが【愛着】です

何があっても、愛情を注いでくれたパパやママの顔を、心の支えにして生きていきます。
「傍にいる」だけではなくて、傍にいない時でも互いに影響しあう。それが、愛着の形成です。

そして、その愛着があるから、親なき後にも、障害のある人も自立して生きていける」と僕は信じています。

将来に対して不安になる事はたくさんあると思いますが、
お子さんのそういった気持ちを信じてください。

放デイにいる時、
学校にいる時、
就労支援にいる時、
生活介護にいる時、
お子さんが1人で冒険をしながらも、不安になる時があります。

そういう時には、ママの顔が浮かんで、「助けて」って思い浮かべているかもしれません。
もしくは、「ママが〇〇と言っていたから、ぼく(わたし)頑張る」と歯を食いしばっているかもしれません。
それは、日々の愛情があるから、それが心を支える柱になっているのだと思います。
それって、凄いことだと思いませんか?



だから、
愛情を残してあげましょう。
きっと、伝わり、きっと、心に残ります。

頑張って、おうちに帰ってきたら、
ぎゅっと抱きしめて、「今日も頑張ったね」と伝えてあげましょう。
そのあとに、料理に、入浴、あしたの準備と忙しくなっても、
一瞬でも、頑張ってきたお子さんを褒めてあげましょう。

そして、きっとそれが親なき後の、
お子さんの「生きる支え」になります。

僕は、宗教家ではありませんし、医師でもありません。
でも、だからこそ、発達障害児の親として、しっかり伝えたいと思います。

あなたの愛情は、
必ず、お子さんの心の支えに伝わります。

それは、「親亡きあと」の、最も大切な「自立」の根幹になります。

最後まで読んでくれてありがとう

僕は、感謝します。
こんな男の文章を最後まで読んでくれて、心から感謝します。しかも、長い(笑)申し訳ない心境です。

僕も、いつも、「父親として、どう生きるか?」に悩んでいます。
そんな悩みを抱えて、悩みを持ち続けて、解決だって出来ない事も沢山あります。
そんな情けない父親の文章を読んで貰える…
そんな有難いことがあるでしょうか。

僕が伝えたいこと。僕からの手紙は、これがすべてです。

「あなたは、悪くない。あなたは、素晴らしいママ。自分を攻めすぎない」
「望遠鏡で、自分の子だけを見つめよう。周りを気にしない」
「子供は、子供自身でも成長していく。子供の成長を見つめ続けて」
「愛情は、伝わる」
「大丈夫。きっと、未来は変わる」
「お子さんの心に、あなたを残すことの大切さ」


このことを信じて貰えたら、本当に嬉しいことです。

最後に、手紙として。

誰が何と言おうと、あなたのお子さんにとって、あなたは世界でたった一人の、最高のママです。

答えが見つからなくて、真っ暗なトンネルの中にいるように感じる夜もあるでしょう。
でも、そのトンネルを、実は一緒に歩いている僕らのような仲間が、ここにいます。

子供の成長を信じる前に、
まずは、頑張っているあなた自身を信じて、あなた自身を認めてあげてください。

大丈夫。

あなたの流した涙も、振り上げようとして降ろした手も、届けた愛情も。
怒ってしまって後悔した日も、逃げ出そうとしたことも、怒鳴ってしまったことも、
体が動かせなくなるくらい悩んだことも、
その日常すべてが、お子さんの未来を作る「光」に変わる日が、必ず来ます。

あなたの明日が、穏やかで優しい微風に包まれる日であることを願います。
あなたのお子さんの毎日が、
クスって笑ってしまうような、そんな優しい毎日であることを願います。

僕も、頑張ります。
一緒に頑張りましょう。
本気でダメだと思ったら…一緒に考えましょう。

それでは、長いblogを読んで貰い、ありがとうございました。





コメント

タイトルとURLをコピーしました